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 山 は
  そろそろ秋風!



 ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます
 内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください
 ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。



 【9月編】
雑感倉庫へ

猛禽の部屋へ




 

★2001.09.30 ・・・・・  6輪車!?  ・・・・・
 先週のことでした・・・・
 右の写真に見られるような、6輪車の車を初めて見ました。後ろから接近して見たときには、普通のワンボックスカーと思っていたのですが、追い越すときに良く見たら、見たことのないワンボックスカーで、ナンバーもなんと『AK○○○』となっていて、おまけにタイヤは6輪。運転手は初老の夫婦(たぶん)でした。

 なななな・・・何なんだ・・・この車は・・・・・・????

 思わず減速をし、デジカメを起動し、パチリとしたのがこの写真です。外国人の夫婦が乗っていたので、最初は大使館の車かと思ったのですが、ナンバーの形態も違うし・・・・・・それにちょっと見は、装甲車のような気もするし・・・・・・不思議な車です。
 総合的に考えてみると、自国からキャンピングカーを持ち込み、日本中を旅している初老の夫婦と見たのですが、いかがなものでしょう。ナンバーから見ると、アメリカではなく欧州からの旅人でしょう。どうも、富士山を目指していたようです。甲府から富士山方面へ向かう街道で見かけました。
 この写真を撮った後、再度追い越すときに、横に並びクラクションを鳴らし手を振ったら、運転していたオジサンは、握った右手の親指を突き出し、返事をくれました。

 おい!  オヤジー 気をつけて旅をしなよー!!!


★2001.09.29 ・・・・・  献血考  ・・・・・
 あ〜あ・・・・・
 なんとつまらない1日だったのだろう。一人で仕事をしている(実は、ほとんどしてないのだけど・・・・)のって、こんなにつまらないのかと思ってしまう1日でした。

 今日は、先日行った献血の話しを・・・・・・
 献血は、中学生の時からずーっとやっています。特に血を採られるのが好きだからというわけではないのですが、比較的長くやっている方かな。
 このあいだは、3年ぶりに献血をしました。3年ぶりとはいいますが、実は結構献血をしているのであります。

なぜ、献血をしているのか?・・・・・

 理由は2つあります。
 第1は、とりあえず僕の血くらいで、ひょっとしたら助かる人がいるのならば、それでいいじゃあないのかなぁ・・・・・ということ
 第2は、自分の健康管理のためです
 哺乳類のメスは、生理がきて発情する事はよく知られています。大型獣で年に1〜2回生理がくるし、人間の女性に至っては、毎月生理がきてます。
 人間における男女の死亡原因や病気の原因を見てみると、女性の方が血液関係の病気(血液疾患・肝臓病・梗塞などなど)が少ないような気がして・・・・・
 これを、僕なりに考えてみたら、女性は生理により定期的に血液を更新していることが原因ではないのかと考えました。そのため、『ふんじゃあ、男だって定期的に血を抜けば同じじゃん!』という短絡的な思考で・・・・・・・献血は健康にも良いはずだと、勝手に思っています
 それに、献血をすると血液成分のデータもあとで送られてくるので、とりあえず、それを見ても少しは体の調子が把握できるし・・・・・
 まあ、見るといってもGTP・GOT・γーGTPだけのチェックだけですが、一応やっております。

 最初に献血した頃は、献血手帳を有している人が手術の時などに、優先して血液を分けてくれると言われた時代でした。中学生の頃でしたので、本当かどうか今となってはわかりませんが・・・・・・
 そんなこんなで、献血をしては手術をする人に、献血手帳をプレゼントをしていたのですが、いつのまにやら、献血手帳がいらなくなったようで、誰も取りに来ることはないようになりました。きっと、そのころから、誰でもが血をもらえるようになったのでしょう。
 総献血回数は、たぶん80回を越えていると思います。こんな僕の血をもらっている人が世の中にもいると思うと、なんか複雑な心境になりますねー

 右上の写真は、先日松本で献血したときに渡してもらった献血手帳です。山梨県外で献血をしたのは久しぶりです。松本では、ジュースを2本とチュ−リップの球根をもらいました。ジュースは水分をとるためにいいのだけど、球根やら他のおみやげみたいなのはやめて、その分何かに使った方がいいんじゃないかと思った次第でございます。
 左の写真は、止血のための絆創膏の写真です。最近の絆創膏はちょっとおしゃれになってますねー。以前なら、脱脂綿をテープで留めておくだけだったのに、今では、こんなものに変わってました。昔流行した、女の人の乳首に張るシールみたいだわぁ・・・・・・


★2001.09.27 ・・・・・  杯中蛇影  ・・・・・
 いままで、少し普通とは違う変わったモノの観方をいくつか紹介しました。他にもいくつかあるのですが、またいつか、紹介していこうと思っています。
 あんまり変わった観方ばかり紹介していて、そればかり実践していると、おかしくなってしまっては困りますので、今日は、今までとは反対の考えを紹介します。

    杯中蛇影(はいちゅうのだえい)

 これは、杯の中に蛇の影があるのを見て病気になってしまったが、その影が長押に掛かっていた弓の影で、それを見間違ってしまっただけで、見間違いに気がつくと、たちまち病気が治ったという故事ですね。
 何ごとでも疑ってかかってしまうと、なんでもないことにも神経を悩ますもとになるというたとえですね。

 今までは、人とは違った観方で事象を観るべきだというようなことを言ってきたのですが、これは、反面では、観方を変えることにより、変に疑心暗鬼にばかりなっても困りますので、それを戒めるために・・・・・です(自らも含めてですが・・・・・)
 
 人とは違った視点でモノや物事(事象)を観ていくことは、非常に重要だと思いますが、ときに穿った観方が過ぎてしまうと、杯中蛇影になりかねません。キチンと真実や真意を見極めていく必要があるのでしょう。

 本日の写真は、焼酎の紫蘇ジュース割りの写真です。やっとの思いで日本酒の誘惑を絶ち、今は、健康のためこのようなモノを飲んでいます(たまには、日本酒も飲みますが・・・・・)。
 カップは、山梨県明野村在住の陶芸家・内藤六郎氏の手によるもので、飛翔するイヌワシが、繊細なタッチと独特の表現で描かれています。氏は、このように自然をモチーフとして、透き通るような白磁に絵付けを施した作品を世に送り出しております。このカップも使い初めてから、既に10数年を経過し、縁などは、蛤(欠け)だらけになっているのですが、いまだに現役で、毎日活躍してくれています。欠けていようが、クラックが入っていようが、良いものは良いのですね。本当は、杯に酒でも注いで何かの影でも撮そうかとも思ったのですが、面倒くさいのでやめました。それに、あいかわらず、でじ亀君は壊れたままだし・・・・・・

 またまた、1日だけのスペシャルサンクスです

 昨晩は、少し変なことを書いたようで、ご心配をいただいた方から、励ましメールを大量にも1通いただきました・・・・・本当に、ありがとうございます。


★2001.09.26 ・・・・・  先も観える!?  ・・・・・
 今日は、モノの観方第3弾です。
 心が弱い僕は、本当は今日は書く気にはなれなかったのですが、なんとか弱い心を奮い立たせて書いております。
 今日は『先も観える』という表題です。すでにお気づきの人もいるかとは思いますが、今まで、「見る」と「観る」という言葉を僕は使ってきました。いちおう使い分けてきたつもりですが、時にはわかりづらくなっているかもしれませんが、まあ、どうでもいいんです。ちょっとなげやりにもなっています・・・・・・・・
 
 まあ、そんなことはさておいて、今日の観かたのポイントは『先を観る!』です。右の写真を見てください。3週間ほど前に撮ったスギの写真です。上のほうには、来年結実する実(花:?)がついているのがわかります。そして、下の方に見えるのが、今年結実した実の残りがあるのがわかります。これが、何を現しているのか?・・・・・・・
 写真からでも一目瞭然です・・・・・・・・・そうなのです。来年のこの地域はスギ花粉の量が少ないことは、容易に想像できます。当然、このスギの花のつき具合は、地域によって違うことはいうまでもありません。この写真を撮ったところでは、かなりのスギの木(100本くらい)を見たのですが、平均で、昨年の6割くらいでしょうか。
 これだけで、来年のこの地方のスギ花粉の飛散量は、今年よりは少ないだろう・・・・・・ということは、あてにならない天気誤報よりも、はるかに確実にわかってしまうのです。
 注意してみていると、このように先を観ることができる事象は、たくさんあります。実はフクロウなどは、この典型的なものなのです。フクロウについては、そのうち別項で詳しく書きます。簡単に来年の繁殖状況までわかってしまうのです。

 『先も観える!?』・・・・・・などと、少し勇ましい表題をつけてから、わずかここまで書くのに1時間30分を費やしてしまいました。まったく書く気力がありませんでしたが、なんとかここまで書けました。けっして酔っているからではないのですが、こういう日もあるんですなぁー・・・・・・・


★2001.09.25 ・・・・・  見えないものを観る?  ・・・・・
 『捨て目』をキチンと実践できている人がいて、正直言って感激しました。
 なかなか言葉では、上手に言い表わすことができず、たぶんに感覚的なものかなとも思っていたのですが、理解してくれている人がいたというだけで、今日はハッピーです。 でも、日常の生活にもいろいろなことに役立つこともあると思うのですが・・・・・・・


 ちょっと嬉しかったので、今日は、少し違う観方について、書いてみます。
 そのために・・・・・・和歌を一首紹介します

 見渡せば、花も紅葉もなかりけり、浦の苫屋の秋の夕暮れ

           by 藤原定家


 古今和歌集の選者として有名な藤原定家の歌ですね。三夕の歌の一首としても知られており、たしか高校生のときに古文とかで教わった歌です。
 歌の意味は、誰でも簡単にわかりそうですね。彼が立っている浜辺は秋の夕暮れで、ここには花も紅葉もないあるのは漁師の小屋だけという、秋の寂しい風景を歌った歌です。僕がこの歌を題材にした理由は、藤原定家や、このような風景が特に好きだから書いているわけではありません。

 僕が注目しているのは、「花も紅葉もなかりけり」という部分なんですね。花も紅葉もないのであれば、書かなければいいのですが、あえて「無い」ということを書くことにより、読む人に対して「花と紅葉」を瞬間的に連想させてしまうからなんです。
 だからといって、文化的な表現技法を誉めてるわけでもありません。

 あるものを「ある」というように表現したりすることは、普通誰でもできますが、逆に「○○○が無い」というように表現することはなかなかできません。簡単に言うと「無いことに気がつかない」からなのです。
 人間の視点などというのは、よほどのことがない限りほとんど同じで、だいたいの人はあるもにしか気がつかずに、無いものにはなかなか気がつきません。気がつかないと言うよりも着目しないのかもしれません。こういう無いもの(見えないもの)に着目すると言うことが、想像力や発想力を高めたり、自然を理解する力を高めていくのではないかなと考えています。
 そして、「あるもの」と「無いもの」をリンクさせながら考えていく、想像していくという視点が、自然だけではなく社会全体をも理解するためには、これから必要なことではないのでしょうか?

 こんな事を考えていると、藤原定家さんが今も生きていれば、すごいナチュラリストになっていただろうということは想像に難くありませんね。

       無いものにも着目せよ!

 本日の写真は、石彫の橋の欄干です。僕が、いくら『石を好きだ好きだ!』といっても、信用していない人がいるようなので、とりあえず、載せてもみました。これは石仏ではない普通の石彫ですね。このような「いい顔」を見ると、なぜか微笑ましくなります。これでも、霜ネタ連想しますか?・・・・・・・がるるるるるるー!!!


★2001.09.24 ・・・・・  高速道路?  ・・・・・
 今日は、久しぶりに郡内地方へ行ってきました。郡内なんぞと言っても何のことかよくわからないかもしれませんが・・・・・まあ、富士山の近くです。北丹沢といったほうが、わかりやすいか・・・・・まあ、何でもいいや・・・・・・
 富士山も薄っすらと雪化粧を施し、いよいよ秋の到来を告げています。実はこの写真、朝の空いている中央道に停車して撮りました。右裾に見える山は、杓子山でその中腹にあるコメツガの巨木には、かつてイヌワシが巣を架けていたところです。久しぶりの懐かしい風景だったもので、ついパチリとしてしまいました。
 高速道路がでたもので、今日は高速の思い出を少し・・・・
 左の写真は、北陸道から岐阜へ向かう高速道路から運転中に撮ってしまったガラガラの道路の様子です。この高速道路などは、メチャメチャ空いていて、おまけに対面通行だったもので、時間があればUターンでもして遊ぼうかと思ったくらいでした。

 思い出というほどのことではないのですが、よくあるのが、遠出をしての帰り、明日、仕事でどうしても今日中に帰らなければならない時のことですね。
 疲れてしまい、眠くてどうしようもない時、僕はSAとかPAに入って寝る事はしません。SA・PAで寝てしまうと、簡単に朝まで寝てしまうからです。
 で、どうするかというと、このような路側へ車を止めて、ガンガン寝てしまいます。なぜ、このような路側で寝るかというと、路側で寝ていると、必ずパトロール中の黄色いパトロール車が来て、起こしてくれるからです。いい目覚ましになるのです。
 でも、善良な皆さんは、けっして真似はしないでください!

 そうそう

 今日は、デジカメを落とし、上蓋がとれてしまい、中のメカがむき出しの状態になってしまう事故がおきてしまいました。
 病院送りになってしまうのかどうか・・・・・・・・・ちょっと心配してます

 試しに撮ったのが、右の写真です。ちょっと何がなんだかわからないと思いますが、僕のPCのソーテック君です。上の方に見えるのは、ケンポナシという木の洞の写真で、これを壁紙に使ってます。こんな写真を壁紙に使っている奴は、まあ、日本広しといえど僕くらいでしょう。キーボードの上にのっているのは、スタイルも彩りもよい葉っぱです。今日、山から連れてきました・・・・・・・・・・


★2001.09.23 ・・・・・  捨て目を効かす!  ・・・・・
 『捨て目』などといっても、何のことかよくわからないかもしれませんが・・・・・・・・
 普通にモノを見るということをすると、その対象物を見ることになります。捨て目で見るという事は、対象物を見るといことではなく、なんとなくだが、視界全体を見る・・・・・・・・という感じでしょうか。なかなかうまく表現ができないのですか、そんな感じで見るということです。
 つまり、見ようとして対象を定めるわけではなく、なんとなく全体を確実に見るということになるのでしょうか。目(視線)は、正面を向いているのだが、視界の一番脇近くで動くものが捕らえることができる・・・・・・・・それを、僕は、捨て目と呼んでいます(とはいっても、今日はじめて使いますが・・・・・・・)
 以前に、数人の仲間と夜の動物を見に行ったことがあります。ある晩、ムササビを見に行こうとことになり、さっそく近くの森に分け入り、観察を始めました。僕の視力は、右目が0.3、左目が0.5くらいで、両眼でも0.4〜0.5くらいです。一緒に行った仲間は視力の良いバリバリのナチュラリストのみなさんです。
 僕は目が悪いため、人と野外に行くときは、横着を決め込み、いろいろなものを見つけてもらうことにしていますが、この日(夜)ばかりは、反対で、ムササビが飛んでも、アオバズクが飛んでも、みなさんは見つけてくれずに、仕方がなくすべてを僕が見つけてあげることになったのですが、簡単に言うと、捨て目で見るということができなかったんですね。
 ぼんやりと、森の上(樹冠部)を眺めているだけで、視界の隅を横切る黒い影が見えるのですが、みんなには見えなかったのです。夜間の動物観察には必要な捨て目なのですが、さて、そんなに難しいことなのだろうか・・・・・・・

 本日の写真は、捨て目が効いて助かった1例を・・・・・・ということで
 今日から、ひょっとしたら昨日からなのかもしれませんが、秋の交通安全週間ということで、あちこちで取締りがあったようです。今朝も、視界の端に交通安全週間の旗を捉えた僕は、さっそくバックミラー型のレーダー探知機の感度を最高に上げ走っていたら、やっぱりスピード一斉取締りをやっておりました。このレーダー探知機君は、この電波を確実にキャッチし僕に伝えてくれたため、難を逃れることができました。これも、探さずに見えてしまう捨て目の効能でした。


★2001.09.22 ・・・・・  ペットのお話  ・・・・・
 今日は少し趣向を凝らして、ペットの話はいかがでしょうか?

最近、指向の多様性を反映してか、いろいろなペットが入ってきております
で、結果がどうなっているかといいますと、ご存じの通り
飼いきれなくなったペットは、日本の自然に帰され
越冬や繁殖しないものは、いいけれど
長生きするものや、肉食のもの、繁殖するものなどは
生態系にさまざまな影響を与えていると考えられています
植物もそうですね

生き物を飼うということは、いろいろな面で良いことだとは思いますが
様々な事情で飼うことができなくなった時に
どうすればよいのでしょうか
日本の自然に帰すことが良いのか
それとも、自らの手で処分するのが良いのか
果たして、どちらが良いのでしょうかね?

昔、といっても20年くらい前までは
飼っているイヌやネコに子供が産まれると
穴を掘って、その子供を埋めてしまうことが
普通に行われていました(当然、知らない人は知りませんが・・・・)
埋める人に聞くと
○たくさんの子犬(子猫)を世話することはできないし、かといって
捨てると、野犬やノネコになってしまい、周りに迷惑をかけてしまうから
仕方がなく埋めるんだ・・・・・というようなことを、言っていました
さらに、埋めたあとに、そこを踏んづけてやるんですね
苦しむとかわいそうだから、早く楽にさせてやるんだそうです

本来ならば、飼いきれなくなりそうなペットを、飼うことがいけないのでしょう
飼うのならば、最後の死まで面倒を見るべきだろうとは思いますが
何らかの事情で、飼いきれなくなったときには、どうすればよいのか・・・・・・・

知り合いのペット業者の話ですが
A店では、メジロ(朝鮮産等)を正式なルートで輸入した後、野に放ち、日本産のメジロにその輸入証明書をつけて販売してます
B店では、メジロ(朝鮮産等)を正式なルートで輸入した後、首を絞め、日本産のメジロにその輸入証明書をつけて販売してます
これなども、さてさてどちらがよろしいのでしょうか・・・・・・・・・

 まあ、いろいろなケースがあります。ケースバイケースで考えていかなければならないと思いますし、人それぞれの価値観の相違によっても答えは違ってくるかもしれません。けれども、『いろいろな事実があるということを、知る』ということだけは、重要(必要)なことではないのかな・・・・・・と思います。

 本日の写真は、アブラコウモリの写真です。1日だけ我が家に居候をしていただきました。最初は、おっかなびっくりだった子供たちも、 「かわいい!」 「羽はこうなっているのかー」 「足は、こうなっているのかー」 「体は、こんなに小さいんだ」 「飛ぶのは意外と遅いんだ」 などなどと、いろいろと感じてくれたようで、最後は子供の手の上から夜の空に帰っていきました。

 我が娘たちも、自然のことが好きらしく、いろいろな本を読んで知識を吸収しているようです。僕は、それらの本に書かれていることが、はたして正しいのかどうか・・・・・それらを、時には現地で、時にはこのような形(捕獲等)にして、彼女らに肌で感じてもらうようにしています。カミさんには、猛烈に嫌われますが、まあ、しかたがありません。このアブラコウモリ君も、そーっと隠しておいたのですが、子供たちがチクってしまい、怒られたことはいうまでもありません・・・・・・


★2001.09.19 ・・・・・  屠殺のお話  ・・・・・
 昨晩からgakuさんの掲示板では、屠殺論議で盛り上がってました。あのおとなしそうなニンニさんまで乱入してくるとは、なかなかの話題だったのでしょうか・・・・・・
 あれ以上書くのもなんですので、ここで少しだけ書いてみようかなと
 家畜の屠殺行為の真意とはなんぞやという事を考えてみると、簡単にわかるものなのです。生きている生物(人間も含めて)は、生物を食べています。生きていることは、他の生命を食べていることに他ならないのかなぁと・・・・・
 誰しも、科学的に合成された食物だけを食べているわけではないんです。これが『食』の本質であり、家畜の屠殺行為の真意だと考えています。
 今、日本では食料の20〜25%が食べられずに廃棄されていると言われています。これは何を意味しているのかというと、食べ物を無駄にしているということだけではなく、他の生命そのものをも無駄にしていることに他ならないのかなぁと・・・・・

 臭いものには蓋をする・・・・・・そんなものは見たくない、見せたくない
 そんなことでは、本当の生命の尊厳などというものを、実感(体験)することができません。屠られた家畜から流れ出る『生きた(生きていた)血の暖かさを感じる』ことはできません。頭の中でいくら考えても、流された血の暖かさを感じることはできないのかなぁ・・・と
 人間が生きていく上で重要な衣・食・住がありますが、そのなかでもとりわけ重要な食です。しかも他の生命を食べて生きているわけですから・・・・・我々の命を育んでくれている他の生命がいて、どのようにして食べることができるのか、食卓に乗るのかくらいは、知っていてもよいでしょう。そういうことに興味の無い人に強制する必要はまったくありません。見る必要を感じている人だけが、見ればいいだけです。

 さきほど、屠殺行為についてのオモシロイ記事を見つけました。思わず『なるほど!』と、唸ってしまいました。よろしければ、一度読んでみてください。いや、よろしくない人も読んでみてください。まさに百聞は一見に如かずであることがわかります。

 LAMB LETTER というところです。

 よろしければ、屠殺の手順もお教えしますが、ショッキングに感じる人もいると思いますので、今回はやめておきます

 本日の写真は、数日前の写真と同じただの石仏です。僕は工芸品としての石仏に興味があって、載せただけなのに・・・・・・
 どうして、まあー・・・みなさんシモの話に結びつけちゃうんでしょうかねー・・・・・・
 僕は、夜の10過ぎれば、シモネタOKなのですけれど・・・・・

★2001.09.18 ・・・・・  セミの串刺し  ・・・・・
 本日の写真は、セミの幼虫の串刺しです。
 これは、富士山の近くで見たもので、なんでこのようなことになっているのか、不思議で仕方がありません。山林火災にあったと思われる跡地の樹の切り株に2.5mくらいの棒が縛り付けてあり、その棒の先に、このセミが串刺しにされていました。どう考えても、野生動物の仕業とは思えず、人間が行ったことだとは思うのですが、なぜここにセミを串刺しにしなければならなかったのか? 樹の切り株まで行くのさえ、イバラがたくさんあり、普通の人ではとてもそこまで行きたくないような場所です。おまけに樹の切り株の上に立っても、縛り付けられた棒の先端までは2m近くもあり、写真を撮るのにも一苦労しました。そんなところに、なぜ生きたセミを串刺しにしなければならないのか?
 セミの幼虫にしても、この場所で発生したものとは、とても考えられません。恐らく火災に遭ってから、10年以上は経っていると思われるような場所なので、何者かがどこかで捕まえ、ここに運んできているのではないかと考えられます。しかも幼虫のままなので、このセミを探すのも大変なはずです。普通の人では、まず幼虫を捕まえることはできないはずです。セミは夜間にゾロゾロと地上にでてきます。だいたい夜の8時くらいから出てきて、明け方にかけて脱皮します。

 ですから、人間の仕業だとすると、夜間にどこか違う場所で地上にでてきたセミの幼虫を捕まえ、この場所に運んできて串刺しにした・・・・・ということになるのでしょうが・・・・・そうすると、夜の最中にこれだけの仕事(串刺しまで)を済ませてしまったのか? それとも、捕まえた幼虫をすぐに殺してから、ゆっくり運び作業をしたのか・・・・・だとしたら、何のために?
 いくら考えても、何もわかりません。とにかく、謎だらけですね、まったく想像がつきません。

 右上の写真は、串刺しのあった場所です。中央部に黒く見えるのが樹の切り株で、そこから、細い棒が延びています。

 左の写真は、焼け残りの樹の切り株で、串刺しにされている棒が、人為的にくくりつけられているのがわかります。

 夏になるとよく見かけるセミの抜け殻ですが、なかなかこのような写真の状況は見ることができないでしょう。いやー、人間てオモシロイですねー

★2001.09.17 ・・・・・  思案の末・2  ・・・・・
 どうも亡くなられた方は数千人規模になることは間違いがなさそうです。今回の事件も、史上最大のテロ事件としてこれから世界史にも載っていくことでしょう。数千人という数はたしかにテロ史上最高の被害者で、しかもほぼ全員が何の罪もない民間人でした。確かに一瞬のうちにそれだけの命が失われていくことは、想像もつかないことです。しかし、世界とは広いもので、以前にも書きましたが、マラリヤで命を落とす人は、年間200〜300万人以上もいます。このマラリヤなんていうのは、今では簡単に治る病気なのに、医療設備の不備や薬剤の不足により、これを書いている間にも、何の罪もない人が亡くなっているのですね。他には飢餓で亡くなっていく人もたくさんいます。不思議なことは、このような日常的な現象は当然のことかもしれませんが、まず報道されることもないでしょうし、ほとんど救済の手もさしのべられているとは、とうてい思えません。
 仮に、アフリカの小国でこのようなことが起こったら、世界中の人はどのように考えるでしょうか? 日本のマスコミは、どのように報道するのでしょうか? 日本人はどのように考えるでしょうか?・・・・・・・・・
 やはり、根底には人種差別があるのでしょうか?

 これから、アメリカや同盟国は莫大な費用を注ぎ込み報復をすることと思われます。そんなことをするのであれば、日常的に苦しんでいる人達のために、それらの資金を使ったほうが、よほど有効ではないのかと思うのですが・・・・・湾岸戦争の時も痛感しました
 いくら戦争にお金を投入しても、何も残りません。生きたお金にしてやらなければ、お金がかわいそうです。憎しみのために使うのではなく、幸せのために使うことのほうが、本意ではないのでしょうか。
 阿鼻叫喚のニューヨークを見ていると、誰しも悲惨さを感じると思います。たぶん、あの悲惨な映像を見ていれば、みんな、かわいそうだと思うことでしょう。簡単に治ることができるマラリヤの患者も、今回の事件の被害者の方も命の重さは同じじゃあないのでしょうか・・・・・
やっぱり、天の邪鬼的発想かもしれませんねー・・・・・・・・・・ 

 本日の写真は、嫌われ者クンのカラスです。カラスなんて、何もかも真っ黒と思われるかもしれませんが、よく見ると違います。羽毛や付け根の部分は、他の鳥と同じように白いんです。まさにエボニー&アイボリーであることがわかります。

★2001.09.16 ・・・・・  思案の末  ・・・・・
 昨晩、飲んでいるところに、Sさんより携帯に電話が入る。
 聞いてみると、北海道で地元のYさん達とお酒を飲んで盛り上がっているとの事。むむむ・・・・・一昨年の夏以来、彼の地の空気を吸ったことが無い(とはいっても、そんなに行ってるわけではないのだが・・・・・)。Yさんから話を聞いてみると、なんだか面白いことをやっているようで、急に北海道に行きたくなってしまった。
 さっそくカレンダー片手に思案するも、今年一杯はどうにもなりそうも無い。さりとて、年明けの真冬にいっても仕方がなそうだし、思案の末、来年の初夏ころを目標に北海道へ行くことに決めました。来年ならば何とかなるだろう・・・・・・

 本日の写真は、思案をしている観音様です。なぜか、蓮華座の上に座しています。何を思案しているのでしょうか?

★2001.09.14 ・・・・・  注 意 !  ・・・・・
 右の写真は、福井の小さな小さな漁港で見かけた看板です。
 こういう看板は、なんともいえずいいですね〜・・・・・こういう、のどかなものを見つけるのが旅には必要なのです。

 これなんぞは、まだまだましなほうで

 すごいのになると

 気をつけろ  が  気おつけろ   なんていうのもたくさんあります

 でも、この看板は好きですね、なんといっても署名入りのところが好きです

★2001.09.12 ・・・・・  台風一過  ・・・・・
 これだけの大事件ですので、何か書かなければとは思っています。
昨晩もそうでしたが、今朝も朝からテレビに釘付け状態でした。仕事に行く時間になり、外に出てみると、あのアメリカでの出来事とは裏腹に、雲一つない、まさに台風一過の青空が広がっていました。平和な日本ということと、厳しくもやさしい大自然に朝から感謝しました。この空の向こうのアメリカで、あのような惨事が起きているのが、信じられないくらいの青空でした。

 誰が、どのような理由で、何の目的で・・・・・あんまり詳しく詮索はするつもりはありませんし、それに犯人の特定もできていませんので、テレビを見ていての感想を少し書きます。
 最初に感じたのが、現地でのレポーターの質の低さですね。どのテレビ局を見ても、正確に事実や事象を伝えれているとは、とうてい思えませんでした。ことにひどかったのは、なんといってもNHKでしたね。ニューヨーク支局の人でした。にこにこしながら、話をしていたので、途中から映像を替えられてしまいました。視聴者から抗議でもあったのでしょう。CNNでは、ハイジャックされた機は4機であり、7機は連絡がとれていないだけという報道をしていたのに、日本の番組では11機が行方不明とか平気でしていたり・・・・事実確認についてのあやまりもかなり見られた感じがします。
 特にひどいと思ったのは、「喜ぶパレ○チナ人」の映像でしたね。映されていた時間は、現地時間では夕方〜夜にもかかわらず、昼間に騒いでいる映像が流されていました。これなどは、反パレ○チナ感情を煽る意図を感じざるを得ませんね。たとえ資料映像として使うのであっても、キチンと「資料映像」とのテロップを入れておくほうが、正確であろうし、報道の中立性を確保できるのではないか・・・・・
 あちこちの局で、軍事評論家なる人物がたくさん出て、いろいろと話をしていたのですが、ほとんどは戦争賛美といいますか、テロか事故かわからないうちから、宣戦布告であるなどという脅すようなことを平気で語っていて・・・・・このような評論家を呼ぶテレビ局の良心さえ疑ってしまう一こまもありました。
 yahooのトピックスを見てもそうでしたね。「この事件が起きることを予測していた人がいる」などというデマのカキコが、夜中の12時過ぎくらいからあちこちで溢れていましたね。今でも信じている人がいるみたいで・・・・・僕も、以前に何も調べずに迷惑メールを配信してしまった経験があるので、今回はキチンと調べたら、どうも同じ人物が名前を変え、あちこちのトピに同じカキコをしていることがすぐにわかりました。
 このようなデマをはじめとするいたずらや、人心攪乱を感じる報道、怪しげな評論家や質の低いレポーターなどなど・・・・・さまざまなことがでてくることが、また浮き彫りにされたのかと思います。
 当然のことながら、質の高いレポートもたくさんあり、正確な報道がほとんどですが、時には「操作」的なこともあるので、注意することは必要でしょう。別に操作的な意図が無くても、結果的に操作してしまいそうなケースもたくさんあります。このような大事件だけにかかわらず、日常的にあると考えて差し支えがないでしょう。
 こんな事を書くとマスコミ批判をしている変わり者としか思われないかもしれませんが、僕の言いたいのは、マスコミの批判ではなく、『目の前の事象を自分自身でどのように判断・解釈していくのか』ということで、これが、僕は重要だと思っています。これは猛禽をはじめとする自然界のことだけではなく、今回の事件のような事象を始め、あらゆる事にあてはまることだと思っているからです。人の考えを丸飲み(鵜呑み)することが悪いわけではありません。ただ、丸飲みするのには、その人物を正確に検証することが必要であるし、検証もせずに丸飲みすることは、いろいろな意味で危険なのではないかと思っているからです。まあ、テレビ・新聞は斜め読みして、確かな事実だけ的確に見いだすことが必要なのだということです。
 湾岸戦争の時に配信された映像もそうでしたね。後になってみれば、そのほとんどが作られた映像であったことが、明らかになりましたね。その前は大本営発表なんていうのもありました。
 踊らされる・押し付けられる・・・・・・気をつけていないと、知らず知らずのうちに、そんなことになってしまいます。

 ということで、今回の事件報道はCNN・BBC・NHKを中心に見ていました。

 最後になりますが、亡くなられた方々には、心よりお悔やみ申し上げます。

★2001.09.11 ・・・・・  堅豆腐  ・・・・・
 兼六園まで来たとあらば、やはり堅豆腐を買って帰らねばなりません。豆腐通なんていう人がいるかどうか知りませんが、豆腐好きな僕にはこたえられない逸品です。
 越中の山岳地にだけ残されている、豆腐が伝来されてきて以来の製法で作られた豆腐です。
 特徴はなんといっても大豆本来の香りと風味、甘みがぎっしりと濃縮され、とにかく美味しいのです。そして、普通の豆腐の数倍もの大豆を使用し、純粋な豆乳だけを使い、固く固く作られます。以前は、重しをのせ水分を搾り出し保存食的なものもたくさんみられましたが、さすがに、今ではそのようなものは少なくなってきたようです。昔は縄で縛って運んだといわれていますが、さすがにそこまで堅い豆腐は見たことがありません。
 日本海側の白山周辺の山村で作られており、店により味はさまざまですが、まあ、どこのものを食べてもだいたい美味しいです。左の写真は、堅豆腐半丁の大きさです。でっかいです。幅が13cm×奥行き13cm×高さ10cmくらいでしょうか。なにしろこの大きさで半丁ですから、1丁の大きさなんてびっくりするものです。これで値段は300円くらいでした。これでも普通の豆腐の2倍はあるでしょうか。ちなみに、店により大きさもまちまちです。夏は冷奴。冬は湯豆腐に最高です。

 そして、何より注意をしなければならないのが、地元のお店で買うことです。小さいスーパーや食料品店などで購入すると本物の堅豆腐を味わうことができるのです。右の写真は、今回この豆腐を購入した商店です。見てわかるとおり、野菜の種・酒・食料品から、はてはちょっとした衣料品まで売っておりました。こういうところにこそ地元の味が隠されているものです。まあ、間違ってもお土産屋さんでは売っているものではありませんけど・・・・・・

 豆腐好きの方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度お試しあれ!・・・・東京では、1丁1000円もするような豆腐が売られているとも聞いております。ひょっとしたら、そんな豆腐よりも美味しいかもしれません・・・・・・・

★2001.09.10 ・・・・・  兼六園紀行・4  ・・・・・
 今日も続けて兼六園紀行・・・・・などと書いたのだが、やっぱり特別な意味はありません。
 さて、この兼六園の中では生物よりも、有名なものは、やはり文化財的なものでしょう。有名なものはこの琴柱灯篭でしょう。この灯篭も、たしか京都の石工職人さんの手によるものだったと思います。今も現存しており、若いお弟子さんがたくさんいたと思います。機械を使わず、鉄分の少ない花崗岩をノミ一本で削りだしてあります。まさに職人仕事の逸品であるとは思いますが、なぜこんなに有名人ってしまったのでしょうか? 彼の作品は他にもたくさんあるのですが・・・・・・
 
 
 右の手水鉢は、内橋亭というところにあったものです。これもたぶん新しいものですが、直線で構成された台石との組み合わせ、手水鉢の配置などには京都にないものを感じさせます。惜しむらくは、台石が高すぎます。あと10cmほど沈めると、もっと美しいものになるでしょう。




 左の井戸は成巽閣内にあったものです。丸い井戸側に六角の台座。抜群の組み合わせですね。一番美しいと感激したものです。





 
  最後はこの右の写真にある沓脱ぎ石です。やはり成巽閣にあったもので、これこそ沓脱ぎ石の逸品ですね。いろんな寺社や町屋にあるものをたくさん見てきましたが、姿形・色・大きさ三拍子そろった素晴らしいものでした。犀川にも黒石があるのですが、それとは違う質の石で、どこから運んできたものでしょうか。ひょとしたら瀬田川産の石かも知れないとおもうくらいの、質も緻密で素晴らしいものでした。

 とまあ、兼六園雑感の締めくくりでしたが、なぜか石ばかりになってしまいました。他にもいろいろとあったのですが、また機会がありましたら紹介していきたいと思います。

★2001.09.08 ・・・・・  兼六園紀行・3  ・・・・・
 今日も続けて兼六園紀行・・・・・などと書いたのだが、やっぱり特別な意味はありません。
 さて、この兼六園の中にもたくさんの生物がいました。一番目立つ(?:聞き立つ)のは何といっても、セミたちでした。一番目立ったのは、ジーーーっと鳴くアブラゼミでした。
 セミの不思議なところは、なんといっても昆虫らしからぬ『長生き』ではないしょうか。短いものでも、卵から成虫になるまで6〜7年はかかります。世界は広いもので、アメリカには13年ゼミやら17年ゼミなんてのもいます。なぜ、昆虫の中でこのセミたちだけが長生きなのか? 不思議です。実に面白いです。
 長生きで有名なオオクワガタ属(?)でさえ、最高で7〜8年くらいなのに、このセミの長生きさには驚かされるだけです。どう考えても、孵化したばかりの幼生が、終令幼虫になるのに7〜17年もかかるとは、他の昆虫と比較した場合、まったく信じられませんね。ひょっとしたら、成長が遅くなるような、特殊な遺伝子を持っているのかもしれませんし、4回の氷期の影響を受けているのか、定かではありませんが・・・・・・
 セミが17年も生きられるのなら、この遺伝子が人間にあれば、500年くらいは生きられそうですね。一般的に動物は体重に比例して寿命が決まるような感じがするのですが、わずか数グラムの体重でこれほど長生きするものは、セミの他には皆無でしょう。スズメ大の小鳥では、野外では1〜2年ほど、飼育下でも7〜8年というところでしょうか。それと比較しても、虫のくせに恐ろしく長生きなことは間違いありません。

 ちなみに、今年は13年ゼミと17年ゼミが同じ年に発生するという、200数十年に1度という歴史的な年らしいですが、どうなったんでしょうか?
 この左の写真は、ヘビの抜け殻でした。まあ、ブッシュみたいなところもほとんどなかったので、こんなところで脱皮していたんですね。たぶん、アオダイショウでしょう。

 右の写真は、樹の隙間の洞を利用して巣を作っていたニホンミツバチです。ここ10年ほどあちこちで、かなり増えてきたような感じがし、近年は、けっこう市街地でも見られるようになって来ました。
 見られるようになったといっても、ほとんどの人たちは気がつきません。ヘビの抜け殻がついてる樹は、遊歩道の真上にありましたが、下を通っている人たちは、誰一人として気がつきません。
 このニホンミツバチの巣もそうでした。遊歩道のすぐ脇にあったのですが、巣が歩道方向を向いているのにもかかわらず、誰一人として気がつきませんでした。僕は2匹の飛んでいるハチを見て、おっニホンミツバチじゃんと思った4秒後くらいに巣を発見できました。

★2001.09.06 ・・・・・  兼六園紀行・2  ・・・・・
 今日も続けて兼六園紀行・・・・・などと書いたのだが、やっぱり特別な意味はありません。
 さて、いくらかのお金を支払い中に入り、まず目に付いたのがこのコケたちです。まあ、このコケたちを見て大概の人たちは、美しいと思うのでしょうが、僕の感想は???でした。この写真のように植え込み(?)の下には、たくさんのコケ(スギゴケ・オオスギゴケ・ヒノキゴケなど)が、きれいに敷き詰めてありました。わかる人にはおわかりでしょうが、これらはすべて人工的に敷き詰めてあるものです。普通ならば、こんなところに生育するコケではありません。
 金沢加賀百万石のこの町は、お金にものをいわせ、ずーっと京都の真似ばかりしてきたところです。今でも、この有様なのか・・・・・・と、少し寂しい感じがしました。せっかく、オリジナリティーのあるいいところがたくさんあるのに、まだ真似がしたいの?・・・・・そんな感じでした。
 これらのコケは、土の上になど決して生えるものではありません。普通山中では岩の上とか、石がごろごろしている薄暗いガレ場に生育するものです。多分このコケの下には、小石か砂が敷き詰めてあることでしょう。ここまでして、京都の真似をしなくても十分楽しめるだけのものもあるのに、もったいないことです。それに、普通の人が見たら、これを自然にできたものと思ってしまうんでしょうね。まぁ、どうでもいいけど・・・・・
 ちなみに、京都の寺院などの庭園がコケで有名なのは、かの地が花崗岩の風化されたいわゆるマサドと呼ばれる、小石状の土地ゆえに、樹木さえ植えておけば、ほおっておいてもコケが繁茂するところなのです。こちらは、自然なのです。

★2001.09.05 ・・・・・  兼六園紀行・1  ・・・・・
 兼六園紀行・・・・・などと書いたのだが、特別な意味はありません。
 今年の夏、海水浴に行った帰りに兼六園に寄りましたもので、そのときのことを少しばかり書こうかなという感じだけです。実は、兼六園に行ったのは初めてでして、兼六園についての知識もまったくありませんでした。まあ、おのぼりさん気分で、少し見てみるか・・・・・という感じで、行きました。
 兼六園駐車場に車を止め、入り口に行く間に最初に出会った動物が、このトカゲです。右の写真は、トカゲを捕まえようとしている次女の手とトカゲです。残念ながら、彼女には捕まえることができませんでした。まだまだです。
 小さいときには、カナヘビよりもこのなんとも艶かしい美しさのトカゲが好きで、捕まえて尻尾を見ては、その美しさに驚いていました。本州に住む両性・爬虫類の中で、一番美しい色彩であると思われる動物です。
 ところで、意外と知られていないのが、このような身近にいるトカゲとかカナヘビの生態。トカゲは動物質の餌だけではなく、果実なんかも食べてしまいます。不思議なものですねえ。石垣の隙間とか、石の下などにいわゆる「巣」見たいな物を作り、そこで産卵します。山梨では5月ころに卵を産むのですが、他の地域ではどうでしょうかね?
 一方、カナヘビは草むらというか、芝の中などに喜んで産卵します。卵数は、山梨ではトカゲの方が多いような気がしますが、他の地域ではどうなんでしょうか?・・・・・それと、トカゲの方は、卵を守るような感じで、親が巣の中にいることが多いような気がしますが、カナヘビの方は、産んだら産みっぱなしではないけど、巣(この場合、明確な巣ではなく、ただ産んである感じなのですが・・・・)にいる時間は、はるかに少ないような感じがします。まあ、この観察については、30年位前のことなので、あてになるかどうかはわかりませんので、詳しく知りたい方は、ご自分で見てください。
 小さいときは、トカゲの方が美しくて好きだったんですが、今はカナヘビの方がなんとなく好きですね。恐竜ぽくって、なんかカッコいいです。恐竜好きな僕としては、今は、カナヘビファンになってしまいました。

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 昨日の写真の解説を忘れてしまいました。
 昨日の写真は、日本蜘蛛学会・日本土壌動物学会・韓国蜘蛛研究所報告・動物分類学会・国立科学博物館研究報告などから出されている斉藤博氏の研究報告書です。この中だけでも氏は30種以上の新種の記載を行っており、中には、先日僕のデリカ号がリタイアした身延町の大城川より採集された新種をはじめとし、河口湖・塩山などの山梨県にちなんだ名前の新種も記載されております。当然のことながら、氏の足跡は県内のみならず北は北海道から南は九州、はては、離島までも及んでいることは言うまでもありません。詳しいご紹介が遅れて申し訳ございませんでした。

★2001.09.04 ・・・・・ サラグモ ・・・・・

 ふんじゃあ今日も地元山梨のしを、ちょっくり紹介してやるじゃん。
 今日紹介してやるのはなぁ、栃木から来たんだけんど、こっちでクモの研究をしてる人だぞ。そいつはなぁー、クモの中でもサラグモ科ちゅって、うんとちっくりいクモを研究してるだどぉ。ほんで、新種もいくつかめっけて、記載もしてるだとー。すげえ奴もいるじゃんかなぁー、おらぁ、びっくりこいちゃっとー・・・・・・・
 だいたいこのサラグモなんちゅうのはなぁー、どーもちっとめずらしらしいらしくて、おらんとぉだって、でんでん知らんかっただぁー。だいたい見たこともねえし、名前だって聞いたこともねえわ。ほれをすげえじゃんなぁー、びっくりしちゃっとー、あんねん詳しく調べてるだとぉ。
 だいたいクモなんちゅうもんは、造網性と徘徊性があるちゅうこんだけは知ってたけんども、あんねんちっくい奴がいるとは・・・・・落ち葉の下みてえなとこにちっくりい巣を張って生きてるだとぉ、すげえじゃんなぁー。オレもこんだぁー、山へへえった時でもさがさっかと思ってるさぁー、めっかるかどうかわからんけんど、一回見てみてえじゃん。
 ほれに、こーゆう気合いのへえってるしがいるちゅうこんも、おまんとぉに、知ってもらわっかと思ってたから、今日書いてるさぁ。めえの晩に若尾さんのこと紹介したもんだから、斉藤博さんのことも紹介しねえ、やっぱうまかねえじゃんなぁー。ちゅうこんで、今日は、斉藤さんとサラグモのこんをちっとかかっかと思ってるだけんど、おれどってんでんでんしらんだもん、かけっかねえじゃん。ふんだから、斉藤さんの言葉を借りて紹介するようにするじゃんけー。ほれのほうがいいらぁー。

 研究対象は土壌性の真正蜘蛛類で、特にサラグモ科という1〜8mm程の蜘蛛で 堆積した落ち葉の間隙に小さなシート状の網を作ります。
 十四年ほど前に栃木から転居してきましたが、ここ山梨の地名に因む種も多く記録しています。採集は一年中可能ですが、主に九月頃から翌年の5月ころまで行います。県内の野山を篩(採集道具)を持って歩いています。9月中頃にも共著で記載した小論が印
刷される予定です。この中にも山梨の地名に由来する蜘蛛3種が含まれています。
 ということで、日本産のサラサグモ亜科の新種や、サラグモ科の新種、ムネアカグモ属の新種をたくさん記載されているすごいお方です。

 こんくれえすげえ人も山梨にはいるちゅうこんだけでも、しってもれえてえから、今日は書いちゃとぉー。ほのうちに、おらっとうだって掴めえて紹介しちゃるよー。
 ふんだけんども、甲州弁で書くちゅうもんもめんどくさくてかなわんなぁー、いっさらうまく変換はしんし、しゃら面倒で、かなわなぁー。おまけに酒飲みながら書いてるから、字はうまく見えんし、ごっちょでかなわなぁー。だけんど、しらんしじゃあ、読むのもえらいかもしれんしなぁー。まあいいや、しゃらっかまっちょー。ほのうち、ちったぁーわかるら。ほれにこんなこたぁ今日だけだから、いいらぁー。
 ところで、いまいくじだー? 

★2001.09.03 ・・・・・ カワセミ物語 ・・・・・
 よくよく考えてみたら、自分一人で頭にきていたって何のプラスにもならないし、別に説得もするつもりもないし・・・・・というようなことを考えていたら、アドレナリンの分泌もすべて完了し、今日は通常モードに戻っております。
 今日の話は、古い車の話です。古いとは言っても僕の車と、どっこいくらいかな・・・・・

 で、どこが古いかというと、それは仕様がなんといっても古いのです。変速機はマニュアルのコラムシフトで、ベンチシート、おまけにフェンダーミラー車とくれば、思わず気分は古き良きアメ車を彷彿とさせてくれます。外見は、ただの古いクラウンのワゴン車なんですけど・・・・・まあ、中に乗っていれば外見は見えないし、久しぶりに『車の運転』を楽しめました。これで、ラジオからフィフティーズのロックンロールかR&Bなどが流れてくれば、完璧なんですが、残念ながらラジオは壊れていて、何も聞こえませんでした。ガガガー・・・のみでした。でも、これもなかなか乙なもので、良かったですねー・・・・・

 20年以上前の運転免許を取ったときには、古いハリウッド映画に出てくる車なんて、全部このタイプでした。ベンチシートにコラムハンドル、隣にはサングラスをかけたブロンドのおねえさん。それと、忘れてはならないのが青い空と白い雲ですね。
 そして、窓を全開にしての片手運転・・・・・わずか10kmほどのドライブでしたが、なんとかアメリカン気分を味わえました。

 一番思い出にあるのが、アメリカ映画の中でも車を運転しながら、タバコをダシュボード上で消すシーンでした。何の映画かは覚えていないのですが、妙にその仕草がカッコ良かったことを覚えていて、試してみたのですが、当時の日本車はすでにダッシュボードもプラスチックみたいなものでできていたため、タバコを消すと、イヤーな臭いがして2〜3回やっただけで、さすがにやめてしまいました。やっぱり臭いんです。それに、ひょっとしたら車が燃えてしまうんじゃあないかという気もして・・・・・
 あとは、車の床でタバコを消すなんていうシーンも良くありましたね。刑事さんとか、犯人がよくやってた記憶があり、これも、真似をしましたねー・・・・・でも、日本車でフロアシフトののマニュアル車なんて、狭いものでなかなか踏み消すことができず、これも2〜3回真似しただけでそれ以降はやってはおりません。自分のことながら、なんとミーハーなのでしょうかね・・・・・・・
 
 本日の写真は、若尾親著『カワセミ物語』です。著者の若尾親さんは、山梨県に在住する野鳥などの自然写真家です。本日は若尾さんが、先日刊行された写真集の紹介です。彼の若尾さんは、昨年1年間日本野鳥の会の会報「野鳥」にもイラストを提供していましたので、知っている方も多いと思います。
 僕が紹介するよりも、彼の言葉を借りて紹介に代えさせていただきます。
 『見つめているものが語りかけ、いつのまにか、カワセミといっしょに水辺を飛んでいる気持ちにさせてくれる、そんな物語のような写真集を想い描いてました。ごいっしょに頁をめくりながら、自然の中で生きる小さな仲間の強さと優しさを知ってもらいたい、多くの方に自然を慈しんで豊かな気持ちが広がってくれればと願っています。・・・・・これからも、野鳥をとおして、様々な物語と、自身の世界を伝えてゆきたい思ってます。』

定価・・・・・・1,600円(税別)
       B5判ハードカバー/72ページ、85カット
       河出書房新社

★2001.09.02 ・・・・・ アドレナリン・U ・・・・・

 今日の雑感も、読まないで下さい・・・・・書きたくも無い、僕の愚痴です

 今日も昨日から引き続きアドレナリンの分泌でした。
 あと、1〜2日は愚痴だけです。読んでも何の足しにもなりませんので、興味のない方は読まないでください。
 昨晩の雑感を書いた後、別件であるマスコミから電話がありました。そこで、その記者に聞きました。僕は事業者の肩を持っているように見えるのか・・・・・と。答えは、「そのように感じている人も多いです」ということでした。
 ふ〜ん・・・・・そんなももなんだ・・・・・何も勉強しないで、よく取材ができるものだと、正確な記事を伝えることができるものだと感心してしまいました。まあ、以前から思っていたことではありますが、つくづくあきれてしまいました。立花隆さんの取材姿勢でも少し見習ったほうがよいのでは・・・・・・
 僕は今までも、たとえ行政機関でも、機会があればいつでも自分の思っていることを提言しています。
 例えば
○山梨県庁
 ・環境アセスメント条例の制定について(90年ころ)
 ・ワシタカの分布調査の実施について(80年代後半)
 ・森林施業及び林道建設時における、ワシタカの取り扱い(98年ころ)
 ・山梨県環境保全審議会のメンバー構成について(95年ころ)
 ・国立公園地種区分見直しにおける提言(94年ころ)
○国土交通省富士川砂防工事事務所
 ・事業実施における大型猛禽類への配慮について(99年ころ)
○日本道路公団
 ・道路建設時における、配慮すべき事項の再検討について(99年ころ)
などなど・・・・・細かいことまで書くのは面倒ですので省いてありますが、僕は言う事ができる機会を与えられたときには、キチンと自分の主張を伝えております。誰と、どのような話をしたのかということまで、はっきりと覚えております。この提言(要望)した内容の中には、回答が帰ってきたものもありますし、数年も経つのに何の回答も帰ってこないものあります。ひょっとしたら、僕の真意が伝わってないものあることでしょう。それでも、しょうがないと思うこともありますし、頭にくれば、どこかで公表するかもしれません。それについては、僕自身が決めることですので、書きたいときには書くつもりです。
 誰から何と言われようと、自分の信念というか主張は変えるつもりはありませんし、僕は事業者の手先でもありません。思いたい方は、勝手に思ってください。

 それに、僕の立場は、自然保護活動家ではありません。あくまでも、猛禽をはじめとする生き物が好きなだけで、さまざまな猛禽をはじめとする動物を調べているだけであって、活動家ではありません。もっとも、誰よりも真剣に自然の保護については、関心もあるし、勉強もしているつもりだし、理解をしようという努力だけは続けてきました。そして、それはこれからも同じです。僕の役割は、今の自然の状態(状況)を少しでも伝えることが使命だと思っています。僕が問題だろう・・・・・と、考えていることについて、真剣に保護活動を行おうと思えば、体が50人以上あっても足りないでしょう。だから、「これだけは・・・・・」という時しか、保護のための活動は行う気もありませんし、時間もありません。これからも、意見や主張を言うことのできる機会があれば、積極的に発言していきたいとも考えています。

 今の一番の課題と考えていることは、『猛禽偏重思想』の改革です。環境省がいわゆる「マニュアル」を出して以来、日本中で叫ばれているイヌワシ・クマタカ・オオタカ偏重主義の打破です。例えば、道路の建設をする場合に、一番ダメージを受けるのは陸生の哺乳類・爬虫類・両生類・昆虫類であり、決して猛禽類ではありません。時には、猛禽も影響を受ける場合もありますが、ダメージの度合いなどは、比べようもないくらい陸生動物のほうが大きいのに、誰もそのことについてキチンと主張しないわけで・・・・・気がついている人はいるのですが、少数意見なため、なかなか広く伝わらないのです。当然、猛禽を利用としている保護団体やマスコミに一番大きな責任があるのではないかと思うのですが・・・・・まあ、そんなことは僕の知ったことではありませんが・・・・・
 それと、「猛禽が生息している所は、豊かな自然である」・「猛禽は生態系の頂点である」などという間違った常識の打破です・・・・・・・このフレーズなどもなんともそれらしい感じがするのですが、はっきりいって僕は間違っていると思ってます。たぶん、僕と同じように感じている人ともいるはずです・・・・・・・この問題については、別項でそのうち詳しく書くつもりです。ここを変えないことには、僕の考えている真の自然保護思想など実現できません。

 だからといって、自然保護の考え方(思想)については、結構千差万別なもので、人それぞれであるべき理想の姿というものを持っているはずです。どのような姿が望ましいのか?・・・・・・などということは、たぶん微妙に皆さん違うとはずです。全員が同じことなどあるはずがないわけで・・・・・・それぞれが、意見交換をしながらあるべき方向みたいなものを創造できれば良いのかなと考えています。

 本日の写真は、枯れているサワラの木です。この付近に生えているサワラはすべてこのような状態で枯れていました。この山の裏側ではブナの大木がやはりほとんど枯れていました。酸性雨の影響でしょか?・・・・・今のところ、理由はまったくわかっていませんが、何かの予兆であることは間違いありません。こんなことについても調べていきたいんですが、何といっても時間がありません。千葉県の方では、ほんとかどうかわかりませんが、200億円以上もかけてオオタカの住む森を守ったということを小耳に挟んだことがあります。何という無駄遣いでしょうか・・・・・・・そのお金の何十分の一でも、このような現象の解明に使うべきでしょう・・・・・と、いくら叫んでもダメでしょうね。
 まあ、僕は僕で勝手に山で遊ぶことにしよう・・・・・・・ 

★2001.09.01 ・・・・・ アドレナリン ・・・・・

 今日の雑感は、読まないで下さい・・・・・書きたくも無い、僕の愚痴です
 おまけに、読んでもほとんどの方は、内容がわかりませんので・・・・・・・・

 今日は朝からアドレナリンの分泌でした。
 ローカルな話で、内容を細かく書く気にもなれませんが、朝から自然保護に興味を持っている人という方から電話がありました。
 内容はというと、今朝のローカル新聞の記事についてです。産業廃棄物処分場とオオタカの生息の関係の話であり、最初は処分場の建設の話から入り、次はオオタカ、最後は水や鳥の話にまで及び・・・・・・最後は、「あなたは、自然のとこが何もわかっていない。あなたには自然や自然保護などについて語る資格はない」・・・・・・というような感じで罵られました。おまけに「県民に対して、キチンと説明しろ」・・・・・・と
 少なくとも、僕はあなたより自然の事もオオタカのことについても、勉強していますよ。
 会議についても、「すべての会議をオープンにして下さい」と、僕は最初から主張していました。これについては、違う方がクローズで・・・・・と言うもので、それに従っているだけです。
 内容についても、冷静かつ正確に評価を進めています。結論はこれから検討するわけなのに、一歩的にボロクソ呼ばわりです。僕は僕で責任を持って、公の場で自分の考えなり、保護の考え方を主張しています。気に入らなければ、気に入らないで、自らお持ちの主張を事業者なり、環境省なりに主張してください。なんなら、僕を罷免する活動をしてください!・・・・・といって電話を切りました。
 本当に自然の保護を真剣に考えているのであれば、もっと正確に自然を見つめてください。何が本当に自然を壊しているのか、どのような事が本当に自然に大きなダメージを与えているのか・・・・・・・・
 山梨では人工林の植林率が、すでに55%を越えています。山村の遊休農地(既に山林化している)率は、高いところでは80%を優に越えています。あなた(今日の電話の方)は、この事実を知っていますか?・・・・・キチンと自然の状況を把握してますか?・・・・・本当に自然を大切に思っていますか?・・・・・ご自身の考えを主張をしてますか?・・・・・ご自身の裏づけ(バックデータ)を持っていますか?・・・・・そのへんを浮ついているわけのわからない風聞ではなく、ご自身でキチンと検証してから主張してますか?
 
 電話の相手の方は、60歳前後くらいでしょうか。今日の人は、名前は言ってくれました、時には名前すら言わないで、ボロクソに言われる人もいます。まあ、なんと言われようとかまいませんが・・・・・僕は真剣に考えているだけではなく、キチンと勉強しています。毎日いろいろな事を勉強しています。

 マスコミも含め、真剣かつ正確に報道するつもりであれば、もっと勉強してください。
 そのようなことがあり、今日は朝からアドレナリンが分泌されてしまいました・・・・・・・
 
 今日の写真は、山に行った帰りに立ち寄った笹子鉱泉の湯船です。汗とアドレナリンを流しに行って来ました。